※ちょっと読みづらいですが、ぜひ写真の文面も読んでみてほしいです。


先日、小学校5〜6年のとき担任だった長谷川先生から一冊の本が届いた。それは当時、先生が熱心に配っていた学級通信「ほうれんそう」をクラスメイトの為だけに製本した本だった。
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長谷川先生からは自分の人生に大きな影響を与えられたが、今読み返すといかにかけがえのない時期を過ごさせてもらったかがよくわかる。
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とにかく本気で子供と向き合う先生だった。人間臭さ丸出しに子供たちの前で怒ったり泣いたり悩んだり拗ねたり謝ったりもする、自分たちのために真剣にもがく姿をみせてくれた初めての"大人"だった。
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そんな先生の姿はこの「ほうれんそう」の文面からもひしひしと伝わってくる。
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この号とか本当にすごい、大人が読んでもドキリとさせられる。
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国語と歴史には思いっきり時間をかけて教えてくれる先生で、特に歴史はその時代に生きた人の「心」をいかに知ろうと考える授業だった。例えば石器時代に生きた人の「心」を知るため実際に石で木を切ってみて「石器時代めちゃ大変!」を体感したり、クラスみんな歴史の授業が一番好きだった。

音楽の授業ではオルガンだけじゃなくギターも弾いたり、すぐ学校から飛び出して課外授業したり、クラスに何か問題が起これば勉強あと回しですぐ学級会を開きみんなで話し合って解決にいざなうような先生だった。
 
特に「女子の定規がなくなった事件」の学級会は凄すぎて忘れられない思い出。

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こんな粋なことも書いてある。そりゃあみんな大好きになるよなあ。
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担任が生徒や親に配るプリントの域を超えたこの「ほうれんそう」は次第に親たちの心まで熱く動かし始め、先生への感謝を伝えたある父親の投稿や、ウチの母が描いたクラス全員の似顔絵など、次々と親たちによる投稿も掲載されだす。
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そして、卒業式の日に配られた最後の「ほうれんそう」。
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長谷川先生の想いに今読んでも涙が溢れてしまう。この先生と思春期に出会えたことが何よりの財産だと思う。そして、先生にとっても本にして残したいほどかけがえのないクラスだったんだなと知り胸が熱くなった。
 

しかし、なぜ先生は卒業から30年も経ってこれを製本し俺たちに送って来たんだろう?と一瞬思ったが、読み返してすぐその意図が理解できた。つまり、今の俺たちがまさにあの頃の親の年齢なのだ。子育てに悩んだらこの本を読んで思い出しなよと先生は送ってくれたのだと思う。これは生ぬるいノスタルジーなんかじゃない、俺はいまだに先生の教え子なんだなぁって嬉しくて泣けてきた。

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今回その一部を先生に無許可でつい紹介してしまったけど、ここに書かれた想いや願いみたいなものはきっと誰にとっても普遍的にだいじなことだと思ったので、紹介させてもらいました。