いまやありとあらゆるミュージシャンやライブハウスが配信に手を出している。

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慣れないシステムを勉強しながら、途中で配信途切れたりしながら、生のライブとは比べものにならない低音質でどうライブ感を出すか、ウェブカメラの向こうにいるお客さんに想いを馳せながら、どう伝えるかを試行錯誤している。

いまはその試行錯誤ぶりがライブとして面白い期間なのかもしれない。トラブったりバグったりしながらも何とか新しいことに挑戦している姿が、ドキュメンタリーとして伝わっている。つまりお試し期間みたいなものだ。

コロナ禍におけるミュージシャンのタイプはざっくり分けて2パターン。どんどん新しいことに挑戦して自分のシステムを作り新時代に向かおうとしてるギラギラ派と、コロナおさまったらライブやりたいけどいまは曲作ったりしながら静かに時を待ってるのんびり派。

どちらも正しいと思う。

しかし、その差というかスタンスの違いみたいなものは、コロナ明けたあとに小さな溝を生んでるかもしれない。ギラギラがのんびりを置いてきぼりにしたり、のんびりがギラギラに疎外感を感じたり...。そういう気持ちの溝である。

ほんとうはギラギラとのんびりの両狭間で落ちこぼれた部分こそが音楽のいちばん魅力的なところだと思うのだ。うまく言えないけど、気分とか気配の「匂い」みたいなもの。

その「匂い」を醸し出しながら狭間でジタバタもがいてるような音楽に自分はこれからも小さなスポットライトをあて続けたいし、そんな役割ができれば良いなと思っている。

んー、いま思ってること言葉にするのなかなか難しいな(笑)。ようするに行動あるのみだな。自分も日々、試行錯誤とのんびりのくり返し。

新しいシステムを作り出すも良し、この時期に静かに刃を研ぐも良し、思考停止さえしていなければ、
なんにしろ未来はそんなに暗くはないと思っている。


ーーー ここからはちょっと宣伝になっちゃうけど ーーー


とりあえず、いま自分のプラットホーム的な場所として機能してるのが
 
noteの日記(3/28以降、一週間ごとの日記を綴っている)
と、
 
YouTube配信「居酒屋ボギー」(毎週日曜の20時から配信。歌うようにしゃべり、しゃべるように歌う

です。

まだどちらも使いこなせてませんが、どうぞ宜しくお願いします。


そして、こういう時期だからこそ心に刺さるものがあるんじゃないかなぁと思う本が「ブードゥーラウンジ」です。

 

「ブードゥーラウンジ」

『ブードゥーラウンジ』

202011日刊行


著者:鹿子裕文

挿画:奥村門土(モンドくん)

装丁:祖父江慎、根本匠

定価:1800円+税


 20201月刊行 『ブードゥーラウンジ』-

電波の届かぬところで 革命の音が鳴っている


「この冬の時代を、めげんで、あきらめんで、やめずにやり続けた人間には、かならず、かならず、いい時代がめぐってくる! だからみんなあきらめんなっっ!」


舞台はライブハウス「ブードゥーラウンジ」。〈はみだし者〉たちが、好きなことを続けるために、自分の居場所をつくるために、日夜繰り広げる大騒動はやがて物語的結末を迎えるーー。

『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』で衝撃のデビューを果たした著者による4年ぶり待望の第2作は、血湧き肉躍る、ノンフィクション・エンターテインメント!